「量子数学」という用語は,この講座に合わせて創作した造語です.その意味は,量子コンピューター上で稼働するプログラムのアルゴリズムを構築するための巣学的な基礎をまとめた分野を指しています.
実は量子コンピューターを有効に活用するには稼働するプログラムのアルゴリズムが量子コンピューターの特性を活かしたものになっていることが重要になります.
一般のメディア報道では,量子コンピューターが実現すると既存のコンピューターよりも遥かに高速で計算を行い,現在使われている暗号は簡単に解読されてしまい,世の中が一変するとのセンセーショナルな報道ばかりです.
しかし,仮に汎用量子コンピューターが実現したときに,既存コンピューターのプログラムをそのまま移植しても実行速度は既存コンピューターより遅くなります.
すなわち,量子コンピューターが威力を発揮するためには,プログラムを斬新なアルゴリズムで開発する必要があります.また,経験豊富なプログラマーだとしても,量子プログラミング・アルゴリズムのノウハウが無ければ問題を高速で解くプログラムを書くことは出来ません.
私は「量子コンピューターのプログラムの要はアルゴリズム」ということを理解したときに,多くの量子コンピューターの本が,この本質部分を本格的に解説していないことに気が付き,この講座を作成する運びとなりました.
量子コンピューターの本の多くはハードウェアの研究開発に重きを置いていて,量子アルゴリズムを厳密には扱っていないように思えました.特に,それらの本は物理を軸としたものなので,数学的厳密さに欠ける部分に違和感を持ちました.
そのような理由で,この講座では量子アルゴリズムを数学的に整理した内容のカリキュラムになっています.
ここで,この講座では
「実用的な汎用量子コンピューターが存在するものとする」
を,前提条件とします.もちろん,現在のところ本格的な量子コンピューターは未だ開発されていません.しかし,その部分に言及すると,ハードウェアの研究開発の話で全体が構成されてしまいます.ハードウェアの研究開発については,世界中の研究者が努力していて日進月歩の勢いです.したがって,その部分については,この講座の範囲外とします.
また,現在開発が進められている量子コンピューターには,汎用量子ゲート方式とアニーリング方式の2種類の方式がありますが,この講座は汎用量子ゲート方式を前提としています.
この講座のカリキュラムは次のようになっています.
量子コンピューターの概要
数学の基礎
ベクトル空間
線形写像
テンソル積
量子ビット
量子バイナリー
量子回路
量子神託機械(オラクル)
ドイッチュ・ジョサのアルゴリズム
グローバーのアルゴリズム
量子フーリエ変換
ショアのアルゴリズム
最初に量子コンピューターの概要を説明します.その後,必要となる数学的知識を学習します.
数学的基礎としては線形代数が中心となりますが,量子計算プログラムにおいてはテンソル積の構造が重要になります.
講座内で確り説明しますが,量子ビットはノルムが1となる2次元複素ベクトルとして表現されます.さらにn桁の量子ビット列はn個の量子ビットのテンソル積として表現します.そして,この量子ビット列はテンソル構造を持つベクトル空間の部分集合となっています.さらに量子回路の主要部分はこのベクトル空間上のユニタリ作用素で構成されます.
この説明を見た段階では全く意味不明かもしてませんが,カリキュラムを履修していくと明確に理解することができます.
そして,量子アルゴリズムを解読する準備ができた段階で,量子コンピューターの歴史上で有名なアルゴリズムについて説明します.そのアルゴリズムが,
ドイッチュ・ジョサのアルゴリズム
グローバーのアルゴリズム
量子フーリエ変換
ショアのアルゴリズム
です.これらのアルゴリズムは量子ビットの特性を活かした納得のアルゴリズムになっています.これらのアルゴリズムについての解説を理解したころには量子コンピューターのプログラム開発の素養が身に付いているものと思います.
以上説明したように,この講座の内容は他に類を見ないものになっています.量子コンピューターに本格的に興味のある方は,ぜひ受講をご検討ください.
追記:
一般的な量子コンピューターの本には記載されているが,この講座では棄却したものが幾つかあります.それは
ブロッホ球
ブラ,ケット表現
テンソル積のクロネッカー展開による説明
です.これらを除外した理由は講座内のカリキュラムで説明しています.ただ,一言で言ってしまうと数学的に受け入れがたかったということです.
ブラ,ケット表現は物理の世界では常識になっているようですが,数学の世界ではちょっと疑問符が付きます.この講座内の数式をブラ,ケット表現に書き換えることは可能ですが,私としては逆に見通しが悪く見えたので不採用としました.
ただし,これらを好んで使っている先生方もいらっしゃいますので,この件については批判ではなく好みの違いとご認識ください.